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静岡地方裁判所沼津支部 平成3年(ワ)164号 判決

原告

藤井英之

藤井朝子

藤井昌幸

右三名訴訟代理人弁護士

木ノ下一郎

被告

学校法人沼津学園

右代表者理事

杉山憲夫

亡芹澤弘訴訟継承人

被告

芹澤麗子

芹澤秀成

秋山典彦

小原崇志

右五名訴訟代理人弁護士

勝山國太郎

主文

一  被告学校法人沼津学園、同小原崇志は、各自、原告藤井英之に対し、金二六七一万九九四三円、同藤井朝子に対し、金二五五一万九九四三円、及び右各金員に対する平成三年五月一〇日より支払済みに至るまで年五分に割合による金員を支払え。

二  原告藤井昌之の被告らに対する各請求並びに原告藤井英之、同藤井朝子の被告学校法人沼津学園、同小原崇志に対するその余の各請求及び被告芹澤麗子、同芹澤秀成、同秋山典彦に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告藤井英之、同藤井朝子と被告学校法人沼津学園、同小原崇志との間においては同原告らに生じた費用の三分の二と同被告らに生じた費用の六分の五を五分し、その三を同被告らの、その余を同原告らの各負担とし、原告藤井英之、同藤井朝子と被告芹澤麗子、同芹澤秀成、同秋山典彦との間においては同原告らに生じた費用の三分の一と同被告らに生じた費用の六分の五を同原告らの負担とし、原告藤井昌幸と被告らとの間においては原告藤井昌幸に生じた費用と被告らに生じた費用の六分の一を同原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告学校法人沼津学園(以下「被告学園」という。)、同秋山典彦(以下「被告秋山」という。)、同小原崇志(以下「被告小原」という。)は、各自、原告藤井英之(以下「原告英之」という。)に対し、金六〇五一万七六二五円、同藤井朝子(以下「原告朝子」という。)に対し、金四九三一万七六二五円、同藤井昌幸(以下「原告昌幸」という。)に対し、金一〇〇〇万円、及び右各金員に対する平成三年五月一〇日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告芹澤麗子(以下「被告麗子」という。)、同芹澤秀成(以下「被告秀成」という。)は、各自、原告英之に対し、金三〇二五万八八一二円、同朝子に対し、金二四六五万八八一二円、同昌幸に対し、金五〇〇万円、及び右各金員に対する平成三年五月一〇日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告英之は、亡藤井清二(以下「清二」という。)の父であり、原告朝子は母であり、原告昌幸は兄であった。

(二) 被告学園は、平成二年八月当時、清二が在学していた桐陽高等学校(以下「桐陽高校」という。)の設置者であり、亡芹澤弘(以下「芹澤」という、)は、右当時、桐陽高校の校長であり、被告秋山及び被告小原は、いずれも右当時、桐陽高校の教諭であり、被告秋山は桐陽高校ラグビー部の部長、被告小原は同部の監督であった。

2  清二死亡事故の発生

(一) 清二は、平成二年八月当時、桐陽高校二年に在学し、桐陽高校がクラブ活動として認めるラグビー部に所属していた。

(二) 桐陽高校ラグビー部は、平成二年八月一日(以下、単に「何日」と記載する場合は平成二年八月である。)から三日まで校内で(以下「校内合宿」という。)、四日から九日まで新潟県苗場で(以下「苗場合宿」という。)、同日から一二日まで長野県菅平高原で(以下「本件合宿」という。)を実施した。

清二は右合宿のすべてに参加し、同部コーチで桐陽高校の教諭である訴外髙橋康晴(以下「高橋という。)は、右合宿の全てに、同部監督の被告小原と同部フィットネスコーチの訴外松本久尋(以下「松本」という。)は苗場合宿と本件合宿のみに参加した。

(三) 本件合宿の最終日である一二日は、全員午前六時に起床し、午前六時三〇分頃に食事をとった後、午前七時二〇分頃から、佐久山荘グランドにて練習を開始した。その後、午前八時頃から、国学院栃木高校と半サイド(所要時間三〇分)の練習試合を行い、引き続き多摩大学付属聖が丘高校と半サイドの練習試合を行った。

清二は、校内合宿以前にアキレス腱炎のため治療を受けていたが治らず、練習中走ることができなかったことから、苗場合宿及び本件合宿では、練習試合以外は、スクラムだけで走らず、松本のそばで筋力トレーニングをしたり、足を冷やすなどしていたが、最終日の右練習試合にも出場した。

(四) 被告小原は、桐陽高校が右練習試合にいずれも負けたため、腹をたてて、清二ら部員に対し、練習の中でも激しいとされる生タックルの練習をさせたうえ片道六五メートルのランニングパスの練習を四五分間から一時間の間繰り返し行わせた。清二は、他の部員と一緒にランニングパスを少なくとも一五回は行ったが、アキレス腱の痛みのため、十分な走りができなかった。しかし、小原被告は、「藤井が走れていないからもう一度やれ」と叱責し、清二に対し、更にランニングパスを続行するように命じた。

清二は被告小原に命じられるままランニングパスを続けたが、その途中で倒れた。他の部員が助け起こそうとしたが、被告小原は、「甘えるから起こさなくてよい」と言ってこれを制止した。そこで清二は、ふらふらしながら自力で立ち上がり走り出したが、再び転倒した。これを見ていた被告小原は、他の部員に「逆サイドに行ってボールを回してやれ」と命じ、清二のランニングパスを止めようとしなかった。清二は再び走り出したが、また転倒し、起き上がっても体が後ずさりするような状態となり、転倒して「もう走れない」と言った。これに対し、被告小原は、「走れないなら部活をやめろ」と叱責した。他の部員の「がんばれ」との声で清二は立ち上がり、後に倒れそうな状態で少し走ったが、横向きに倒れた。

被告小原は、清二の襟首を掴んで走らせたが、清二のからだは後戻りし大の字に倒れた。この時になって、被告小原はやっと練習の終了を告げた。

しかし、清二は動けず、呼吸が荒くなっていた。あわてた被告小原は、清二に対し、やかんで水をかけるなどしたが、清二が舌を巻き出したので、車で地元の菅平診療所に搬送した。清二はその後、小林脳神経外科・外科病院(以下「小林病院」という。)に収容され、応急処置を受けたが、一二日午後二時一四分、多臓器不全にて死亡した(以下「本件事故」という。)。

(五) ところで、被告小原は、本件事故当日、清二ら部員に対し、国学院栃木高校との練習試合開始時(午前八時)以後本件事故の発生まで、水一滴も飲ませていなかった。

3  清二の死亡原因

清二の死亡原因は、熱中症による多臓器不全である。このことは清二の死亡に至った前記の経過及び小林病院に収容されたとき、著名な過呼吸、頻脈を示し、低血圧の状態で、体温は39.6度の過高熱であって、脱水状態にあり、諸検査の結果においても、肝臓細胞の崩壊や腎臓機能の不全と進展し、典型的な熱中症の症状であったことから明らかである。そして、右熱中症は、事故当日のラグビーの練習によって生じたことは右2の事実関係から明らかである。

4  被告らの過失責任

(一) 被告小原の責任

(1) 被告小原は、桐陽高校の教諭でありラグビー部の監督であるから、部活の合宿においては、生徒部員の生命身体に不測の事態が発生することのないように適切な措置を講ずべき注意義務がある。

(2) ところで、苗場合宿及び本件合宿は、暑い時期に行われるものであり、校内での通常の練習以上に部員の健康状態に危険が予想されるものであるから、右合宿前に部員のメディカルチェックを必ず行い、部員の健康状態を十分に把握すべきであった。

しかしながら、被告小原は、清二ら部員に対しメディカルチェックを行わず、同人らの健康状態の把握を怠っていた。

(3) 被告小原は、清二がアキレス腱炎のため、苗場合宿、本件合宿において、他の部員と異なる練習をし、合宿最終日で疲労も蓄積されているのに、四五分ないし一時間もの間、生タックル及びランニングパスというアフター練習を課したものであり、その際、清二の様子がおかしいのに気づいたのであるから、右練習を中止させ、清二の全身状態を十分観察すべき注意義務があったにもかかわらず、これをしないばかりか、清二だけが走れていないという理由で、清二の練習を加重しなお走らせた。

(4) 清二は、前記のとおり、被告小原の指示でランニングパスを続け何回か倒れた際、被告小原に対し、もう走れないことを伝えたのであるから、被告小原は、清二の疲労状態や脱水状態から、この時点で熱中症を疑い、練習を中止し、清二を休ませるべき注意義務を有していたにもかかわらず、これを怠り、襟首を掴むまでして走らせ、清二の全身状態を更に悪化させ、重症な熱中症に陥らせた。

(5) また、本件合宿は夏季合宿であるのであるから、被告小原は監督として、部員らの疲労を十分に注意し、水分補給等を怠らないようにし、熱中症にならないように注意すべき義務があるにもかかわらず、合宿最終日で、疲労も極に達し、しかも清二はアキレス腱炎のため、苗場合宿、本件合宿では、他の部員とは異なった練習をしていたのであるから、練習試合、そして直後のアフター練習と続けるうち、疲労が激しく蓄積され水分の補給が必要なのに練習中水を一滴も与えず、清二の熱中症を悪化させた。

(6) 清二の熱中症は、右(2)ないし(5)の注意義務に違反した被告小原の清二に課した無謀な練習により引き起こされたものである。

しかして、被告小原の監督としての立場と経験からすれば、遅くとも清二が最初に倒れた時点で清二が熱中症に罹患することを予見し得たものというべきであり、これ以上練習を継続すれば重大な結果を招くであろうことを容易に予見することができたはずである。

よって、被告小原には、清二の死亡について、民法七〇九条の責任がある。

(二) 被告秋山の責任

(1) 被告秋山は、ラグビー部の部長として、苗場合宿及び本件合宿に参加し、被告小原の部員に対する安全管理に対し指揮、指導すべきであったにもかかわらず、右合宿に参加せず、しかも、被告小原が日頃過激な練習を指導していることを知りながら、被告小原に対し、右合宿中、適切な健康管理を行うよう注意することもせず、漫然と被告小原の指導を放置していた。

(2) 被告秋山は、ラグビー部の部長として、監督の被告小原に指示するなどして、校内合宿、苗場合宿及び本件合宿前に部員たちのメディカルチェックをすべきであったにもかかわらず、これを怠り清二の健康状態を十分に把握しなかった。

(3) 被告秋山は、清二の担任であり、平成二年七月二〇日の個人面談の席で原告朝子から清二のアキレス腱炎を知らされ、被告秋山自身もこれを現認していたのであるから、清二がアキレス腱炎であることを監督の被告小原に伝え、清二の練習について、無理のないように指示しておくべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、そのため、被告小原の前記の違法行為を防止できなかった。

よって、被告秋山には、民法七〇九条の過失責任がある。

(三) 芹澤の責任

芹澤は、本件事故当時、桐陽高校の校長であったから、ラグビー部の活動の実態を十分掌握し、被告学園に代わりラグビー部部長の被告秋山及び監督の同小原を監視、監督をする地位にあった。にもかかわらず、芹澤は、これを怠り、被告小原の暴力的指導を見過ごし、無関心のまま合宿を実施させたため、被告小原の前記違法行為を防止できなかった。

よって、被告芹澤には、民法七一五条二項及び民法七〇九条の責任がある。

(四) 被告学園の責任

(1) 不法行為責任

被告小原、同秋山は、被告学園が設置した桐陽高校の教諭であり、芹澤は、本件事故当時、被告学園の理事であったものであり、本件事故は被告小原、同秋山、芹澤の職務上の不法行為に基づくものであるから、被告学園には、民法七一五条一項及び同四四条一項の責任がある。

(2) 債務不履行責任

被告学園は、桐陽高校の特別教育の一環として、ラグビー部を設けているのであり、各生徒との在学契約に基づき、生徒たる部員の生命及び健康を危険から保護するよう配慮する安全配慮義務を負っている。

しかるに、本件事故は、被告学園が履行補助者たる被告秋山、同小原、芹澤の安全配慮義務違反により発生したものであるから、被告学園には、民法四一五条に基づく債務不履行責任がある。

5  損害の発生

(一) 清二の逸失利益 四八六三万五二五〇円

清二は死亡当時一七歳であり、少なくとも六七歳までは稼働しうるから、平成元年の賃金センサスに基づき、男性全年齢平均給与額月額三四万一三〇〇円(年四〇九万五六〇〇円)をもとに、新ホフマン方式によって、中間利息を控除し、生活費を五割控除して、死亡時の一時払い額に換算すると、その逸失利益は、左記のとおり、四八六三万五二五〇円となる。

(341300×(1−0.5)×12)×23.750=48635250

(二) 清二の慰謝料 三〇〇〇万円

清二は本件事故によって多大な精神的損害を受けたが、その額は金三〇〇〇万円を下らない。

(三) 原告英之、同朝子、同昌幸の慰謝料 各一〇〇〇万円

原告英之、同朝子は清二の両親であり、同昌幸は実兄であるところ、本件事故による清二の死亡による精神的苦痛は著しく、その慰謝料は各一〇〇〇万円を下らない。

(四) 葬儀費用

原告英之は、清二の葬儀費用として少なくとも一二〇万円を支払った。

(五) 弁護士費用 一〇〇〇万円

原告らは、本件訴訟の提起追行を原告ら代理人弁護士に依頼し、その報酬として、日本弁護士連合会報酬基準に基づき一〇〇〇万円支払うことを約した。

6  相続関係(一)

(一) 清二は平成二年八月一二日死亡した。

(二) 原告英之及び同朝子は、清二の両親であり、前記清二の損害賠償請求権を相続した。

7  相続関係(二)

(一) 芹澤は平成六年一月五日死亡した。

(二) 被告麗子は、芹澤の妻であり、被告秀成はその子であり、相続債務を各二分の一ずつ承継した。

8  よって、原告らは、被告学園に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告小原、同秋山、同麗子、同秀成に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告英之は、被告学園、同小原、同秋山に対し、各自、金六〇五一万七六二五円、被告麗子、同秀成に対し、各自、金三〇二五万八八一二円、及びこれらに対する不法行為の日の後である平成三年五月一〇から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告朝子は、被告学園、同小原、同秋山に対し、各自、金四九三一万七六二五円、被告麗子、同秀成に対し、各自、金二四六六万八八一二円、及びこれらに対する不法行為の日の後である平成三年五月一〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告昌幸は、被告学園、同小原、同秋山に対し、各自、金一〇〇〇万円、被告麗子、同秀成に対し、各自、金五〇〇万円、及びこれらに対する不法行為の日の後である平成三年五月一〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)、2(一)(清二の所属)、(二)(夏季合宿の実施及び出席状況)は認める。ただし、松本は桐陽高校が認めるラグビー部のコーチではなかった。

2  同(三)(練習試合の存在)のうち、練習試合が行われたこと、清二が本件合宿以前にアキレス腱を痛めていたこと、及び清二が右練習試合に出場したことは認め、その余は否認する。

同(四)(アフター練習の内容及びその結果)の事実のうち、桐陽高校が練習試合に負けたこと、被告小原が、アフター練習として、部員に生タックルの練習及び片道六五メートルのランニングパスの練習を行わせたこと、その後清二が倒れたこと、被告小原が清二にやかんで水をかけるなどしたこと、清二は、舌を巻き出したので、車で地元の菅平診療所に搬送され、更に小林病院に収容され、応急処置を受けたが、一二日午後二時一四分、死亡したことは認め、その余は否認する。

アフター練習は、通常行われている内容のものであって、被告小原が試合に負けたことに腹をたてて行わせたものではなく、また、清二は自らの意思でランニングパスを続けたものであり、被告小原は清二の襟首をつかんだこともなかった。

同(五)(水をのませなかった)の事実は否認する。

3  同3(清二の死亡原因)の事実は否認する。

清二に悪性過高熱が生じており、また、従前から腎臓機能障害が重く存在し、それが本件死亡原因に重大に影響したものであることは否定できない。熱中症は、高温に長時間さらされたり、高温下での運動により発生するものであり、高温という外因がなければ発生しないところ、本件事故発生前は、菅平地域での気温は二一度から二三度であり、毎秒一、二メートルの風速の風もあったから、熱中症の発生する余地はなかった。

よって、清二の死亡原因は、熱中症による多臓器不全ではない。

4  同4の(一)(被告小原の責任)のうち、(1)(6)の主張は争い、(2)ないし(5)の事実(注意義務違反)はいずれも否認する。

被告小原はメディカルチェックをきちんと行っていたし、本件事故前のアフター練習は、清二が積極的に申し出て行ったものであり、被告小原が強いて行わせたものではない。事故当日の練習は、通常の練習と変わりなかった。

また、本件事故当日、被告小原は十分に清二に水を与えていた。

そして、本件事故当日の気象環境からしても、他の部員の状態からしても、熱中症を疑う状況ではなかったから、清二が熱中症に罹患することは予想できなかった。

同4の(二)(被告秋山の責任)のうち、被告秋山が桐陽高校ラグビー部の部長であった事実は認め、その余は否認する。

被告秋山の部長としての権限は、桐陽高校ラグビー部の対内外の部活動のスケジュール手配の事務連絡その他、会計庶務の事務的なものに限られ、被告小原を指揮監督する立場にはなかった。

同4の(三)(芹澤の責任)のうち、芹澤が桐陽高校の校長であり、被告秋山、同小原の監督者であることは認めるが、その余は否認する。

同4の(四)(被告学園の責任)のうち、被告学園にその主張のとおり一般的義務があること、被告秋山、同小原、芹澤が被告学園の被用者であり履行補助者であったことは認め、その余は否認する。

5  同5(損害)は争う。

慰謝料の斟酌事由として、清二は一家の支柱ではないこと、それなりの香典等が支払われていること、及び後記過失相殺として主張する事実を十分考慮すべきである。

6  同6(相続関係(一))の(一)、(二)のうち、清二が平成二年八月一二日死亡したこと、及び原告英之及び朝子が清二の両親であることは認め、その余は争う。

7  同7(相続関係(二))の(一)、(二)の事実は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

清二には重い腎臓機能障害が従前から存していたところ、清二は右足アキレス腱の故障以外は一切表明しないまま、積極的に夏季合宿における練習試合及び試合後のトレーニングに参加したものであり、このような行動が、被告らをして清二の健康状態把握の判断を誤らせたものであり、かつ清二の内臓疾患等の健康管理には、清二及び原告らに責任があったと認められるから、本件事故発生については、清二及び原告らにも過失がある。

2  損益相殺

仮に被告らに損害賠償責任が認められるとしても、本件事故に対し、原告らは被告学園から以下の金員を受け取っており、これらの金員は損害賠償額から減額すべきものである。

(一) 香典関係

理事長名下にて   一三万円

校長名下にて     三万円

桐陽高校名下にて 二〇〇万円

父母の会会長名下にて 三万円

(二) 死亡見舞金

日本体育学校健康センター(以下「センター」という。)給付金 一四〇〇万円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の事実中、各金員を原告らが受領したことは認めるが、各金員の性格については否認する。

香典関係の各金員は社交儀礼上交付されたものであり、センター給付金は、共済的性格を有するところ、掛金も保護者負担制度を採っているから損害の填補を目的とするものではなく、いずれも、損益相殺の対象とはならない。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  請求原因1ないし5について

一  請求原因1(当事者)の事実については、当事者間に争いがない。

二  同2(清二死亡事故の発生)について

1  同2の事実のうち、(一)(清二の所属)、(二)(夏季合宿の実施及び出席状況)の事実、同(三)(練習試合の存在)のうち、練習試合がおこなわれたこと、清二は、本件合宿以前にアキレス腱を痛めていたが、右練習試合には出場したこと、同(四)(アフター練習の内容及びその結果)の事実のうち、桐陽高校が練習試合に負けたこと、被告小原が、アフター練習として、部員に生タックルの練習及び片道六五メートルのランニングパスの練習を行わせたこと、その後清二が倒れたこと、被告小原が清二にやかんで水をかけるなどしたこと、清二は、舌を巻き出したので、車で地元の菅平診療所に搬送され、更に小林病院に収容されて応急処置を受けたが、一二日午後二時一四分、多臓器不全で死亡したことは当事者間に争いがない。

2  右争いがない事実に、成立に争いがない甲第一号証、第七、八号証、第一〇、一一号証、第一五号証の一ないし五、第一六、一七号証(ただし書き込み部分は証人古屋明彦の証言により真正に成立したと認める。)、甲第二一号証の三(ただし書き込み部分は弁論の全趣旨により真正に成立したと認める。)、原本の存在及び成立に争いのない甲第一二ないし第一四号証、証人古屋明彦の証言により真正に成立したと認められる甲第一八号証の二、第一九号証の二、第二〇号証の二、三、第二一号証の二、証人八木慎也の証言により真正に成立したと認められる甲第三〇号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第九号証、第二二ないし第二四号証の各一(ただし甲第九号証を除きいずれも官公署作成部分については成立に争いがない。)、甲第二九号証の一、二、証人恩田秀明の証言によって真正に成立したと認められる甲第二〇号証、証人松本久尋、同古屋明彦、同恩田英明、同高橋康晴、同川口卓也(ただし、後記採用しない部分を除く)の各証言、原告朝子、被告小原、同秋山(ただし、被告小原については、後記採用しない部分を除く。)各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告小原は、ラグビー部の選手として高校時代から活躍していたが、桐陽高校のラグビー部の監督としては、時に感情的となって、ラグビー部員に対し、威圧的に大声を出したり、蹴飛ばすなどの暴力を振うこともあった。

当時、ラグビー部の校内の練習や合宿の練習メニューは、すべて監督である被告小原が計画して実行し、同部の部長である被告秋山は、後記認定のとおり、会計事務的な仕事を行い、同部のコーチで桐陽高校の教諭である高橋は、被告小原の補助を行うにすぎなかった。また桐陽高校の教諭ではなかったが、被告小原から依頼された松本が、同部のフィットネスコーチとして、部員に対し、ウェイトトレーニング、筋力トレーニングを中心に指導していた。ラグビー部の実質的な指導者は被告小原であり、時々、松本が、休息日等について被告小原に意見したことがあったが、部員を含め他の者は被告小原に意見をすることができないような雰囲気であった。

そのため、部員は体調が悪いときでも監督に休みたいと言いにくいので、無理して練習に参加してしまうこともあり、練習においても監督に命じられるまま、体力と気力の限界まで頑張ってしまうような状況にあった。

(二) 桐陽高校では、毎年夏には必ず合宿を行っていたが、その際、校外合宿の前に、全員で校内合宿をするのみであり、全校一斉に行われる身体検査以外に、合宿前に、特にメディカルチェックを行うことはなかった。

(三) 清二は、ラグビー部の一軍のレギュラーとして、真面目に活動をしていたが、平成二年六月ころ、アキレス腱を痛め、同年八月三日まで、整形外科病院に通院し治療を受けていた。清二は、通院治療中も、ラグビー部の練習に参加していたが、十分に走ることができず、練習中同部員に背負われて運ばれるようなこともあった。

原告朝子は、同年七月上旬ころ、電話で、コーチの高橋に対し、同月二〇日の個人面談の際には、被告秋山に対し、清二が足を痛めていることを話した。したがって、高橋及び被告秋山は、清二が足を痛めていたことを承知していた。

(四) 桐陽高校ラグビー部は、平成二年八月一日から同月三日まで校内合宿をした。その際、高橋はコーチとして合宿に参加したが、被告小原は、ラグビーのB級指導者のライセンスを取得する準備のために校内合宿には参加しなかった。

(五) その後、同ラグビー部は、四日から九日まで苗場合宿を行ったが、四日の午後に行われた東京高校との練習試合の際、清二は、アキレス腱炎のため、十分に走れなかった。被告小原は前記ライセンス取得準備のため、右練習に参加しなかったが、松本が清二の状態を見ていて、翌朝、四日の晩に苗場合宿に合流した被告小原に対し、清二から聞いていた同人の病状を報告した。

そこで、被告小原は、松本、清二と話し合った結果、清二に対しては、他の部員と異なった練習メニューとして、「走らせない」、「事前練習(試合前練習)、アフター練習は行わせない」、「事前練習の際、松本の指導のもと、筋力トレーニング等を行う」、「スクラムの練習は行い、練習試合には出る」という内容の練習を指示し、九日以降に行われた本件合宿の最終日まで、清二は右内容のアキレス腱炎に配慮した練習を中心に行い、走る練習はこれを控えていた。

なお、清二は、一〇日の夜、合宿所から自宅に電話をかけ、原告朝子に対して、「今度は走らなくていいから大丈夫だよ。」などと話していた。

また、清二は、苗場合宿及び本件合宿中に、被告小原に対して、テーピングテープを要求し、右足のアキレス腱部に巻いていたことがあり、本件事故当日の一二日も、清二の方から被告小原に対して、テーピングテープ交付の要求があった。

(六) 本件合宿の最終日である一二日は、全員午前六時に起床し、午前六時三〇分に食事をとった後、午前七時二〇分頃から、佐久山荘グラウンドにて練習を開始した。その後、午前八時頃から、国学院栃木高校と半サイド(所要時間三〇分)の練習試合を行い、引き続き多摩大学付属聖が丘高校と半サイドの練習試合を行った。

清二は、いずれの練習試合にも参加した。

(七) 被告小原は、清二らが右練習試合のいずれにも負けたことに立腹し、試合後休息をとることもなく、アフター練習として、清二ら部員に対し、約六五メートルの距離を合計一五往復するランニングパスの練習と、二人一組で行うタックル(生タックル)の練習を命じてこれを実施したうえ、最後に更にランニングパス三往復を命じてこれを行わせた。右アフター練習は約一時間に及んだ。

ランニングパスは、二人以上の者が走りながらパスを出し合うものであり、走れない者にとっては、他の者について行かなければならず、非常に肉体的疲労と苦痛を伴う激しい運動であり、また、生タックルは、人間を相手にタックルをする練習であり、ラグビーの練習の中では最も危険なものの一つとされており、疲労している者にとっては非常に危険な練習であった。

清二は、右アフター練習中、アキレス腱を痛めていたため、ランニングパスでは十分な走りができず、苦しそうで息があがっていた。しかし、被告小原は、「藤井だけ走れていない」と叱責し、更に清二一人にランニングパスを続行するよう命じた。

清二は、被告小原に命じられるまま、疲労をこらえてランニングパスを続行したが、その走り方は、足が返らずよたよたとし、足を固定したロボットが走るような感じで、何度か倒れた。清二は、その都度「先生走れません」と言ったが、被告小原がこれを聞き入れず、同人から「走れないなら部活をやめろ」と叱責され、再び走り始めたものの、又倒れるといった状態であった。これに対し、被告小原は清二の襟首を掴んで走らせた。そのうち清二は、走ろうとしても前に走れず、後方に後退する状態となり、遂に力尽きて倒れた。

(八) 被告小原は、倒れて立ち上がれなくなった清二に対し、やかんで水をかけたりしたが、清二は、意識朦朧とし、過呼吸の状態であり、「ここはどこだ」という問い掛けに対しても、まともな返答もできず、そのうち舌を巻き出したため、被告小原は、清二を車で地元の菅平診療所に搬送した。菅平診療所での診断の結果、清二に意識障害(昏睡)、過呼吸、血圧低下等が認められたため、清二は更に小林病院に移された。小林病院への搬送時の清二の所見は、昏睡状態、四肢の動きなし、瞳孔は正円、正常大であるが、両側対光反射は著名に鈍、著名な過呼吸、頻脈、血圧は変動大、過高熱(39.6度C)、脱水症状が認められるというものであり、搬送時の時点で既にかなり悪い状態であった。そして、清二は、小林病院における必死の治療の効もなく、同日午後二時一四分、多臓器不全で死亡した(死亡原因は後述のとおりである。)。

(九) ところで、桐陽高校ラグビー部においては、練習の最中に、監督の許可なしに水を飲むことは禁止されていた。そして、本件事故日、被告小原は、部員対し、午前七時二〇分ころからの練習開始以後本件事故の発生まで、部員らに対し、水を飲むことを全く許可していなかった。なお、本件当日の練習量からすれば、最低二回の水入れが必要な状況であった。

被告小原は、清二に対しては走らせない等の特別の練習メニューを決定したことはない旨供述するが、清二がアキレス腱を痛めていたこと及び現に清二は本件事故当時までの合宿練習において走る練習をしていなかったことは前記認定のとおりであることに照らせば、右供述は直ちに採用し難い。また、被告小原及び証人川口卓也は、被告小原が清二の襟首を掴んで走らせたことはなく、同人の襟首を掴んだのは川口である旨供述するが、その際の状況は、至近距離にいた部員の古屋明彦及び五〇メートルほど離れた地点にいた松本が目撃していたところ、被告小原の服装は白あるいは薄い水色のTシャツであり、清二やその他の部員の服装は赤いジャージであったことから、遠くからでも被告小原を見分けることができたことが証人松本久尋、同古屋明彦、同川口卓也の各証言及び被告小原本人尋問の結果から認められるから、被告小原及び証人川口卓也の右供述は右目撃者である証人古屋明彦及び同松本久尋の各証言に照らし、直ちに採用し難い。さらに、被告小原及び証人川口卓也は、本件事故当日、被告小原が練習試合の合間に水入れを許可した旨供述するが、右川口卓也の供述は水を飲んだ場所さえ明らかにできず、供述内容もあいまいであることや、本件事故当日の合宿の参加者である証人松本久尋、同古屋明彦の各証言や八木慎也の供述記載(前掲甲第三〇号証の一)等に照らせば、被告小原及び証人川口の右供述も直ちに採用し難い。しかして、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

三  同3(清二の死亡原因)について

1  前掲甲第一、二号証、第一一号証、第二一号証の二、三、成立に争いのない乙第一、二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第三一ないし第三九号証、証人恩田英明の証言により真正に成立したと認められる甲第三号証の二、第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二九号証の一ないし四、証人恩田英明の証言、及び原告朝子本人尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 清二は、昭和四八年四月三日生まれで、高校入学までに大きな病気をしたり入院したこともなく、中学生のときには、テニスを行い、保育園児の頃から高校入学までは、居合道を行って(初段)おり健康であった。

また、本件事故当時は、高校二年生でありながら、一軍のレギュラーの地位にあり、アキレス腱を負傷するまでは、積極的にラグビーの激しい練習をこなすほど、丈夫で臓器関係にも何ら異常な兆候はなかった。

(二) 本件事故当時の一二日午前八時から午前一〇時頃までの、長野県菅平高原の気象状況は、気温が21.99度Cから23.4度Cであり、風速一、二メートル前後の風が吹いていた。

(三) ところで、熱中症はある気象条件以上になると集団発生するものではあるが、熱中症となる原因としては、気温、湿度、風という気象的要因(高温多湿無風が危険要因である。)のみではなく、運動量、運動の種類、休憩の取り方という運動要因(激しい運動を維持することは体温の上昇につながる危険要因である。)、コンディション、疲労の蓄積状況、体力、熱馴化、水分補給などという個体要因(疲労、消耗が著しく、水分が発汗により不足することが危険要因である。)もかかわって生じる。

そして、熱中症は、気温の高い夏に発生することが多いが、春、秋にも発生しており、冬でも気温がある程度上昇すると、あまりトレーニングをしていない人が無理な運動などをすると起こり得るものとされている。したがって、熱中症の発生には、気温や湿度などの環境的要因が重要ではあるが、他の要因との相互関連で熱中症が発生することがあり、気温要因については、熱中症が起こる温度を明確に基準付けることはできない。

(四) 清二は、本件事故後、小林病院に搬送されたが、体温が39.6度Cで非常に高く、血圧は急激に低くなり、著名な過呼吸、顕著な脱水症状、肝臓の崩壊、腎臓の機能低下が顕著で、細胞の崩壊がかなり進み、多臓器不全とみられる状態であった。そこで、担当医は右多臓器不全は九分九厘熱中症のよるものと考えた。

(五) 病理解剖後の診断書(甲第四号証)には、清二には、本件事故当時、胸腺リンパ体質があったとか、心肥大などの記載がされているが、胸腺リンパ体質は、現在では死亡原因になるとは考えられておらず、心肥大は一般にスポーツをやる人にはよく見られる症状である。また、右担当医は、清二の死因が悪性過高熱であるかについて、可能性として全くないわけではないとするだけで、本件事故と清二の死亡状況からして、熱中症を死因と判断している。

2  ところで、前記認定のとおり、清二は、平成二年六月ころにアキレス腱を痛め、同年八月三日まで通院治療を受けていたため、十分走れず、苗場合宿及び本件合宿でも練習試合には出ていたが、その間以外は筋力トレーニング等の訓練を行っていた。そのため、春から夏にかけて他の者よりも練習量が劣り、鍛練が不十分で、運動時における体力の消耗や疲労は他の部員より激しかったと考えられる。そして清二は、本件事故当日、朝食後は、二つの練習試合、その直後からの激しいアフター練習の間、水分の補給は全くないままであったことは、前記認定のとおりである。そしてとりわけアフター練習は、練習試合が行われてほとんど休息なしに行われたものであり、その内容である生タックルはラグビーの練習の中でも最も危険な練習であることは前記認定のとおりであるうえ、ランニングパスの練習もかなり体力を消耗する激しい運動であったといえる。

3  以上によれば、清二の死因は、比較的温度の高い気象環境の中で、水分の補給のないまま、激しい運動を長時間持続したため、体温が急速に上昇し、脱水症状を呈し、加えて、清二は、十分走りこんで鍛えておらず、体力の消耗が他の部員よりも激しかったことから過疲労も加わり、過呼吸の状態となって、熱中症の状態となり、意識が急に減退し、血圧が下降して、遂には多臓器不全で死亡したものと認めるのを相当とする。

被告らは、清二には本件事故当時悪性過高熱が生じており、また、従前から腎臓機能障害が存在していたから、これらが清二の死亡原因であり、本件事故発生当時の気温や風の状況からすれば、清二の多臓器不全は熱中症によるものではない旨主張する。しかしながら、証人恩田英明の証言によれば、悪性過熱症は一般的には全身麻酔を施行したときに起こる合併症であること、しかし、小林病院における清二の治療には麻酔を使用しなかったこと、もっとも、筋弛緩薬を使用したが、治療を担当した恩田英明医師はそれが死亡の原因であるとは考えていないことが認められる。また、前掲甲第四号証及び証人恩田英明の証言によれば、清二にはもともと副腎萎縮が存在していたことが認められるが、恩田医師はそれが死亡原因と関連があるかは不明であるとしており(証人恩田英明の証言)、むしろ同医師は清二の多臓器不全の原因を九分九厘熱中症によるものと判断していることは前記認定のとおりである。さらに、熱中症の発生の要因は、気象条件のみではなく、同症は運動要因や固体要因等の多様な要因により引き起こされることも先に認定したとおりである。以上に加え、前記1及び2にみた諸事実、諸点に照らせば、被告らの前記主張は到底採用することができない。

四  同4の(一)(被告小原の責任)について

1 被告小原は、桐陽高校の教諭であり、ラグビー部の監督であるから、同部の合宿による部活においては、生徒部員の生命身体に不慮の事故が発生することのないよう、とりわけ、熱中症の起こる可能性の極めて高いことが前掲甲第一一号証から認められる夏季合宿においては、生徒部員が熱中症に罹患しないよう適切な措置を講ずべき注意義務が同被告にあることは明らかである。

2 そこで、以下、本件事故につき被告小原に右注意義務違反が存したかについて検討する。

(一)  清二が熱中症による多臓器不全で死亡したことは既にみたとおりであり、熱中症が発生する要因については、前記三1(三)に認定したとおりであるところ、本件事故当時の気象状況は同(二)に認定したとおりであった。したがって、本件事故が発生したのは八月中旬の夏季であったとはいえ、気温はさほど高温であったともいえず、わずかながら風もあり、これらの気象状況のみに注目すれば、本件事故当時熱中症の発生が高度に予測し得る状況にあったとは一概にはいえない。もっとも、気象条件のうち熱中症発生の要因とされる湿度については、これを明確にし得る証拠はないが、我が国において多湿であることが一般的な本件事故発生時の夏季という季節に鑑みると、それなりの湿度が存在したことが推認される。

(二)  しかしながら、清二は、アキレス腱炎のため、苗場合宿及び本件合宿において、他の部員より練習量が少なく、特に走り込みの練習は全く行っていなかったことから、走ることを主体とする運動においては、他の部員より体力の消耗や疲労が激しいことが予測されたといえる。そして本件当日は、清二ら部員は、午前七時二〇分ころから練習を開始し、午前八時ころから約一時間にわたって練習試合を行ったうえ、ほとんど休息を取らないまま、アフター練習として、約一時間に及ぶランニングパスと生タックルの練習を被告小原から課され、これを実施したのであるが、ランニングパスの練習は非常に肉体的疲労と苦痛を伴う激しい運動であり、また、生タックルの練習は危険な練習であるから、これらの練習を右練習試合後休息なしに行わせることは、これを行う者に対し多大な肉体的、精神的苦痛を与えることになるのであって、アキレス腱炎のため練習量が少なく相対的に体力の劣る清二にとっては、右アフター練習は他の部員以上に肉体的、精神的に過酷な練習となることが明らかである。また、前掲甲第一一、第三一ないし第三七号証及び被告小原本人尋問の結果によれば、熱中症の予防には水分の補給が重要であり、このことは被告小原も十分承知していたことが認められるところ、本件事故当日被告小原は午前七時二〇分ころからの練習開始以降アフター練習の終了まで部員に対し水分を与えなかったことは既に認定したとおりである。また、本件事故当日は多湿であることが一般的な夏季の八月中旬のことであり、気温も約二二、三度Cとさほどに高温ではないにしても、熱中症の発生を全く考慮に入れる必要のないほどに低いものであったともいい難い。一方、清二は、アフター練習としてのランニングパスの練習中苦しそうで息があがっていたことは前記認定のとおりである。

(三)  右(一)、(二)にみた事実、すなわち、本件事故当日の気象要因のほか、練習試合までの運動に加え、アフター練習としてのランニングパス等の激しい運動の内容とその量や、ほとんど休憩も取らずにアフター練習が課されたなどの運動要因、清二の従前の練習量の不足と他の部員に比し劣る体力や、アフター練習に至る約一時間四〇分の間及びこれに引き続くアフター練習中全く水分補給がなされていないなどの同人の個体要因、さらに、清二がアフター練習としてのランニングパスの練習中苦しそうで息があがっていたことなどを総合考慮すれば、ラグビー部の監督である被告小原としては、ランニングパスの練習中清二が右身体の不調を見せた時点において、熱中症の発症を予見し得たものというべきであるから、直ちに同人の練習を中止し、全身状態を十分観察したうえ、同人を休ませて水分を補給させる等の措置をとるべき注意義務があったというべきであり〔前掲甲第一一号証(財団法人日本ラグビーフットボール協会発行の「ラグビーフットボールにおける安全対策」と題する冊子)(以下「甲第一一号証の冊子」という。)によれば、熱中症の予防として、選手の様子を観察することが重要であり、顔色が悪かったり、動きが鈍かったり、ふらつくような場合は、直ちに休ませて、水分を補給させる必要があることが認められる。〕、また、熱中症の発生を念頭に置かないまでも、前記のような状態にあった清二に対しては、少なくとも、その状態を気遣い、右同様の措置をとるべき注意義務があったといわざるを得ない。

しかるに、被告小原は、アフター練習としてのランニングパスの練習中、清二が苦しそうで息があがっていたのにもかかわらず、同人に対し直ちに練習の中止を命じて休ませ、その全身状態を十分に観察することを怠ったうえ、水分の補給等の措置を取ることもしなかったのみか、清二の様子を単純に「藤井だけ走れていない」と判断し、同人に対し更にランニングパスの練習を命じてこれを実施させ、同人の身体状況を更に悪化させたことは前記二2に認定した事実から明らかであり、したがって、被告小原には右注意義務に違反した過失があるといわなければならない。

そして、被告小原が右注意義務を尽くし、ランニングパス練習中の清二の右体調の不調を認めた時点で清二を直ちに休ませ、同人に水分を補給させるなどの措置を講じていれば、清二が、熱中症に罹患し、もしくは既に罹患していた熱中症を更に悪化させ、死亡するに至ることはなかったといえるから、被告小原の右注意義務違反と本件事故との間には因果関係があるものといわざるを得ない。

(四)  被告小原は、本件事故当日の気象環境からして、熱中症を疑うような状況ではなかったから、清二が熱中症に罹患することは予想できなかったと主張し、なるほど、前掲甲第一一号証及び被告小原本人尋問の結果によれば、被告小原が日頃から読んでいた甲第一一号証の冊子には、温度が二七度C以下で相対湿度が七〇パーセント以下の場合には、ラグビーの練習に際し特に予防処置は不要である旨の記載があることが認められる。しかしながら、①本件事故当日の湿度についてはこれを明確にし得る証拠はないのみか、むしろ被告小原本人尋問の結果によれば、被告小原が本件事故当日の気温及び湿度を計測したことはなく、被告小原は正確な気温と湿度を知らなかったことが窺える。②また、本件事故当日の気温は二二、三度Cであって右二七度Cと大きくかけ離れた温度でもなかったところ(なお、被告小原本人尋問の結果によれば、被告小原は本件事故当時の気温としては、二四、五度Cであると感じていたことが認められる。)、前掲甲第一一号証によれば、甲第一一号証の冊子には、前記記載はめやすである趣旨の記載もあり、一方において、熱中症を起こす要因としては、気温、湿度等の環境要因のほか、個体要因や運動要因も関わる旨の記載も存在することが認められ、また、前掲甲第三一ないし第三七号証によれば、被告小原のような運動指導者のための市販の概説書があり、運動指導者は右概説書によって熱中症の知識を得ることが可能であること、右概説書には、熱中症は、春や秋にも発生しており、冬でも気温がある程度上昇すると、トレーニング不足の人が無理な運動をすると起こる旨の記載(甲第三二号証の文献)や、WBGT(黒球湿球温度)(=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度)が一八度C以下の場合、危険性が低いが、熱障害は起こりうるのでやはり注意が必要であるとの記載(甲第三二号証及び甲第三七号証の各文献)があり、運動指導者はこれらの知識をも容易に得られることが認められる(もっとも、甲第三二号証の文献は平成三年に、甲第三七号証は平成四年にそれぞれ発行されたものであり、本件事故当時の平成二年に発行されたものではないが、甲第三二号証の文献の前者の記載内容のような知識は、その内容に照らし平成三年に至って初めて文献上明らかにされたというような知識であるとは考えられず、また、後者のWBGTの基準は、外国においてではあるが、既に一九八三年に発表されたものであることが前掲甲第三七号証から認められることに照らせば、我国においても本件事故当時の平成二年当時において既に運動指導者のための概説書としての文献に紹介されていたと推認される。)。そして、右①及び②の諸点に鑑みると、被告小原のような運動指導者にとって、気温が二七度C以下の二二、三度C(ただし、被告小原は二四、五度Cであったと感じていたことは前記のとおりである。)であり、わずかな風があったが、湿度は不明という気象状況から、直ちに、ラグビーのような激しい運動の場合に、どのような練習をしても熱中症は起こらないとの認識が一般的であったとはいい難く、したがって、被告小原の前記主張はこれを採用し難い。

(五)  以上によれば、被告小原には、本件事故につき民法七〇九条の過失責任がある。

五  同4の(二)(被告秋山の責任)について

被告秋山本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第九号証、証人松本久尋の証言、被告小原、同秋山の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  被告秋山は、桐陽高校で英語を担当していたが、本件事故当時、清二の学級担任でもあった。

2  被告秋山は、昭和六三年ころ、三歳年上で、先輩にあたる被告小原から桐陽高校ラグビー部の部長になることを依頼された。その当時被告秋山は、ラグビー関係の経験は全くなかったものではあるが、先輩である被告小原の依頼でもあり、かつラグビー自体に興味もあったことから、ラグビー部の部長を引き受けることにした。

3  ラグビー部の部長は、静岡県ラグビーフットボール協会に届け出をすることになっており、その登録上、部長は監督より上の地位になってはいるが、部長の職務に関する規定はなかった。

4  被告秋山は、ラグビー関係の経験はなく、また先輩である被告小原が監督を務め、コーチに高橋、松本がいたことから、生徒に対しラグビーを直接指導することはなく、被告秋山の仕事は、主として会計、庶務であり、具体的には練習用器具の注文、父母会開催の通知など事務的な仕事にとどまっていた。

また、合宿の場所や対戦チームについての決定は、すべて監督である被告小原が行っていた。

さらに、被告秋山も、時には、グランドに出ることはあったが、単に部員の練習を見たり、試合の状況をビデオに撮影したり、部員に対し事務連絡をしたりするにとどまり、部員の練習に直接携わることはなかった。

5  桐陽高校ラグビー部では、定期的に夏合宿を、ほとんど定期的に春合宿を、時折冬合宿を行っていたが、被告秋山は、昭和六三年四月から平成六年三月までの部長就任期間において、昭和六三年には、夏合宿に、平成元年には、夏合宿に、平成二年には、五月の連休の合宿に参加したが、他は参加することはなかった。

被告秋山は、本件事故が起きた平成二年の夏季合宿については、大学のスクーリングの合宿と日程が重なっていたことから、参加しなかった。

6  被告秋山の合宿の際の役割は、夏季合宿の場合も、春、冬合宿の場合も、監督の指示により、副食物を購入したり、会計事務を担当したにとどまり、部員の練習の指導には携わらなかった。

原告らは、被告秋山が本件事故が発生した合宿に参加しなかった点において、同被告に過失があると主張するが、以上の事実、特に、桐陽高校のラグビー部の指導は被告秋山の先輩である被告小原が行っていたこと、被告秋山は、ラグビー部の部長となるまでラグビー関係の経験は全くなく、何らラグビーについて指導できる立場にはなく、その職務は単に事務的仕事にとどまっていたこと、合宿についてもすべて被告小原が計画していたこと、被告秋山も幾度か合宿に参加したことはあるが、いずれも会計事務等の事務的仕事にとどまっていたことなどによれば、被告秋山は部長とはいえ名目的なものにすぎず、合宿や練習等に関する実質的権限は被告小原が有していたのであるから、仮に事務的仕事にとどまっていた被告秋山が本件事故が発生した夏季合宿に参加していたとしても、同被告の参加が本件事故の防止につながったとはいい難く、したがって、夏季合宿への不参加の点において、被告秋山に清二死亡に対する過失責任があると認めることはできない。

また、原告らは、被告秋山は部員の健康管理や合宿における安全管理を十分に検討すべきであったと主張するが、部員の健康管理や合宿における安全管理は名目的な部長であった被告秋山の権限や職務に属することではないのであるから、原告らの右主張は採用できない。

さらに、原告らは、被告秋山は、清二の担任の教師であり、個人面談の際、原告朝子から、清二の足の悪いことを知らされていたのであるから、その旨被告小原に伝え、清二の練習に無理のないように指示するべき義務があったにもかかわらず、これを怠った旨主張する。原告朝子本人尋問の結果によれば、平成二年七月二〇日の個人面談の際、原告朝子は、被告秋山に対し、清二が足を痛めていることを伝えたことは前記二2(三)に認定したとおりである。被告秋山は個人面談の際、清二の成績のことを話したのみで、清二の足が悪い等の話は出なかった旨供述するが、個人面談の際の原告朝子の母親としての関心事は、清二の健康状態のことであると考えられるから、その点において、被告秋山の右供述は、いささか不自然であり、採用することができない。しかしながら、前記二2に認定のとおり、被告小原は、少なくとも、本件事故が発生した夏季合宿の当時には、清二のアキレス腱が悪いことを知っており、清二にはこれに配慮した練習をさせていたのであり、また、被告小原が、本件事故時のラグビー部の練習に清二を参加させたのは、その前に行われた練習試合に清二らが負けたことに立腹したからであるから、被告秋山が被告小原に対し、清二の足が悪いことを伝えず、何らの指示も与えなかったとしても、このことから、被告秋山に清二の死亡に対する過失責任があると認めることはできない。

以上のとおり、被告秋山に対する原告らの主張は理由がない。

六  同4の(三)(芹澤の責任)について

本件事故当時、芹澤が桐陽高校の校長であり、被告秋山、同小原の監督者であったことは当事者間に争いはなく、前記二2に認定の事実に、証人高橋康晴、同松本久尋の各証言、被告秋山、同小原の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  本件事故当時、清二が入部していた桐陽高校ラグビー部は、芹澤が校長を務める桐陽高校の正式なクラブであった。

2  校長は、右ラグビー部の監督として、当時C級ライセンスを有する被告小原を任命し、その他コーチとして高橋を、部長として被告秋山を任命し、被告小原を通じフィットネスコーチを松本に依頼していた。

被告小原は、ラグビーに関しては、高校時代一流選手として活躍し、その知識は十分に有しており、部員を殴る等多少指導に行き過ぎの点はあったものの、校長が処理しなければならない様な問題を起こすようなことはなかった。

3  校長は、ラグビー部の練習や合宿に通常参加してはいなかった。

右認定の事実によれば、校長としての芹澤は、ラグビー部の活動には直接関与することはなく、その監督やコーチ等の選任等を通じ一般的に監督やコーチに対する指導監督を行っていたというべきである。しかし、本件事故は、被告小原のラグビーの練習方法に過失があったため、部員が熱中症に罹患したというラグビー部の活動の現場で発生したいわば突発的事故であり、被告小原が従前この種事故で問題になったことがないことに鑑みると、芹澤には、本件事故につき、被告小原の指導監督においてその義務に違反した過失を認めることはできないものというべきである。

したがって、芹澤の責任に関する原告らの主張は理由がない。

七  同4の(四)(被告学園の責任)について

被告小原が本件事故当時被告学園の設置した桐陽高校の教論であったことは当事者間に争いがなく、被告小原が被告学園のラグビー部の監督として同部の合宿練習の指導に当たっていた際、その過失により本件事故を惹起したことは既に述べたとおりである。そうとすれば、被告学園は被告小原の使用者として民法七一五条一項により清二が本件事故により蒙った損害を賠償すべき義務がある。

八  請求原因5(原告らの損害)について

1  清二の逸失利益 四一五三万九八八七円

前記三1(一)のとおり、清二は本件事故による死亡当時、健康な一七歳の男子であり、高校卒業後少なくとも六七歳までは稼働しうるものと考えられるから、本件事故時である平成二年度賃金センサスに基づき、高卒の全年齢平均年収給与額四八〇万一三〇〇円を基礎とし、その逸失利益をライプニッツ方式により中間利息を控除し、生活費を五割控除して、死亡時の現価を求めると、以下の計算式のとおり、清二の逸失利益としては、四一五三万九八八七円が相当と認められる(なお、以降の計算で円以下は切り捨てとする。)。(4801300×(1−0.5))(18.2559−0.9523)=41539887

2  清二の慰謝料 一四〇〇万円

前記二に認定した事実によれば、清二は、青春を賭けたラグビー部の合宿において、故障しつつも監督の指示に従順に従って頑張り続けたために、皮肉にも命を絶たれたものというべきであり、前途ある清二の無念さは筆舌に尽くし難いものであると考えられること、その他本件事故の態様等諸般の事情を総合考慮すると、清二の慰謝料としては、一四〇〇万円が相当と考える。

被告学園及び被告小原は、慰謝料の斟酌事由として、清二はアキレス腱の故障以外の肝臓機能障害については一切表明しないまま、積極的に夏季合宿での他校との練習試合及び試合前後のトレーニングに参加したため、被告小原をして清二の健康状態についての判断を誤らせた等という事情を主張し、清二にはもともと副腎萎縮の障害が存在していたことは前記三において認定したとおりであるが、本件事故当時清二及び原告英之、同朝子が清二に副腎萎縮があることを認識していたか、また、副腎萎縮により清二の体調に異常があったかは証拠上明らかではない(むしろ、原告朝子本人尋問の結果によれば、本件事故が発生した夏季合宿当時、清二はアキレス腱の故障以外に体調が不良であったことはなかったことが窺える。)から右被告らの主張はこれを採用しない。

3  原告英之、同朝子の慰謝料各三〇〇万円

原告英之及び同朝子は、被告学園の指導を信じてかけがいのない息子である清二をまかせたのに、同人が、その合宿中に、しかも監督の不適切な指示のために死亡したことに悔やみ切れないくやしさを抱いたであろうこと、他方、清二の右慰謝料を相続することなど諸般の事情をも考慮すると、右原告両名の慰謝料としては、各三〇〇万円が相当である。

4  葬儀費用(原告英之) 一二〇万円

原告朝子本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第四六号証の一ないし三二、第四七、四八号証によれば、原告英之が、清二の葬儀関連費用として、少なくとも一二〇万円を支払ったことを認めることができ、右金額は葬式費用として相当である。

5  弁護士費用(原告英之、同朝子) 各二五〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告英之及び同朝子は、本件の訴訟の提起及び追行を原告代理人に委任し、日本弁護士連合会報酬基準に基づいて相当額を支払うことを約束したことが認められ、本件認容額、本件事件内容の困難性、審理内容及び期間、その他本件に表れた諸事情を総合して考慮すると、同原告らの弁護士費用としては、各二五〇万円が相当である。

6  原告昌幸の慰謝料請求について

原告朝子本人尋問の結果によれば、清二は原告昌幸のたった一人の弟であることが認められるから、同原告も清二の本件事故による死亡により精神的苦痛を受けたことが推測されるが、清二は原告昌幸の唯一の兄弟ではあるものの、そのことのみでは、いまだ民法七一一条所定の被害者の父母、配偶者及び子と同様に深い精神的苦痛を受けると認め得る特別かつ親密な身分関係があるとはいえず、他に清二と原告昌幸との間に右特別かつ親密な身分関係を認めるに足りる証拠もない。

そうとすれば、原告昌幸の慰謝料請求は理由がない。

第二  抗弁について

一  抗弁1(過失相殺)について

被告学園及び被告小原は、本件事故発生については、清二及び原告らにも過失があるとして過失相殺を主張するが、この点については、前記八2で判断したとおりであって、清二及び原告英之、同朝子において、本件事故の発生について過失があったということはできない。

したがって同被告らの過失相殺の主張は理由がない。

二  抗弁2(損益相殺)について

1  香典関係

原告英之及び同朝子が、被告学園から、香典として、理事長名下に一三万円、校長名下に三万円、桐陽高校名下に二〇〇万円、父母の会会長名下に三万円を受け取っていることは当事者間に争いがない。

ところで、香典は、その性質上、社会的にみて社交儀礼の範囲内であれば、贈与としての性格を有するものというべきであり、損害に対する填補という意味合いは有していないものと解するのが相当である。

そこで、右観点から右各香典を検討すると、理事長名下の一三万円、校長名下の三万円、父母の会会長名下の三万円は、いまだ社交儀礼の範囲内にあると認められるが、桐陽高校名下の二〇〇万円は、社会的にみて香典としては多額にすぎるものであり、そのうち五〇万円を超える部分は社交儀礼の範囲を超えているものというべきである。そうとすれば、桐陽高校名下の二〇〇万円のうち一五〇万円は清二の本件事故による損害に対する填補として支払われたものとして、右損害額から控除されるべきであり、これを清二の前記損害(逸失利益と慰謝料)から控除すると、残損害額は五四〇三万九八八七円となる。

2  日本体育・学校健康センター法による見舞金

(一) 成立について争いがない乙第三号証の二三、第一四号証の一ないし三によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告学園は、日本体育・学校健康センター法(以下「センター法」という。)に基づき、センターとの間で、センター法二六条、二一条一項に基づく災害共済給付契約を締結し、その際、同法二一条三項に基づく免責特約の締結をしていた。

(2) 清二の保護者であった原告英之及び同朝子は、右契約に基づき、本件事故について、平成二年一〇月一二日、一四〇〇万円の死亡見舞金を受け取った(右原告らが一四〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。)。

(二) ところで、被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利得を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある。しかるところ、センター法一条は「センターは、体育の振興と児童、生徒等の健康の保持増進を図るため、その設置する体育施設の適切かつ効率的な運営、義務教育諸学校等の管理下における児童、生徒等の災害に関する必要な給付……を行い、もって国民の心身の健全な発達に寄与することを目的とする。」旨定め、同法一条の目的を達成するため、センターの事業の一つとして、同法二〇条一項二号は「義務教育諸学校の管理下における児童又は生徒の災害につき、当該児童又は生徒の保護者に対し、災害共済給付(医療費、障害見舞金又は死亡見舞金の支給をいう。)を行う」旨を、右災害共済給付については同法二一条一項が「災害共済給付は、義務教育諸学校の管理下における児童又は生徒につき、学校の設置者が児童又は生徒の保護者の同意を得て当該児童又は生徒についてセンターとの間に締結する災害共済給付契約により行うものとする」旨をそれぞれ 規定するとともに、同条三項において「一項の災害共済給付契約には、学校の管理下における児童又は生徒の災害について学校の設置者の損害賠償責任が発生した場合において、センターが災害共済給付を行うことによりその価額の限度においてその責任を免れさせる旨の特約(免責特約)を付することができる」旨の、又同法四四条一項において「学校の設置者が民法その他の法律……による損害賠償の責めに任ずる場合において、免責の特約をした災害共済給付を行ったときは、その限度において、その賠償の責めを免れる」旨の規定を置いて、児童又は生徒が学校設置者の不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって災害共済給付を受ける場合には、当該損害と右給付との間に同質性があることを前提として、損益相殺的な調整を図っていることが認められる。そして、被告学園がセンターとの間で同法二一条三項に基づく免責特約付災害共済給付契約を締結していたことは前記(一)に認定したとおりであるから、本件事故を原因として同契約に基づき給付された死亡見舞金一四〇〇万円は損益相殺として清二が本件事故により被った損害から控除されるべきである。そこで、これを控除すると、清二の残損害額は四〇〇三万九八八七円となる。

なお、原告英之及び同朝子は、センターによる災害共済給付金は掛金につき保護者負担制度を採っているから、同給付金は損益相殺の対象とはならない旨主張し、同法二二条四項によれば、学校の設置者は、当該災害共済給付契約に係る児童又は生徒の保護者から、……共済掛金の額のうち政令で定める範囲内で当該学校の設置者の定める額を徴収する」ことになっているが、同法二一条一項によれば、災害共済給付契約の当事者はあくまでも学校設置者であるのみか、保護者からの徴収金につき政令で定めるその額は小額であって、災害共済給付金の対価と目される程のものでもないから、右原告らが受領した死亡見舞金は本件事故とは別個独立に締結された契約に基づく掛金の対価としての給付であるとは到底いえない。

第三  請求原因6(相続関係)について

請求原因6(相続関係)のうち、清二は平成二年八月一二日死亡したこと、原告英之及び同朝子は、清二の父母であることは、当事者間に争いがない。よって、原告清二の損害四〇〇三万九八八七円は、原告英之及び同朝子が二分の一(各二〇〇一万九九四三円)づつ相続したものであると認められる。

第四  結論

以上によれば、原告英之、同朝子の本件各請求は、被告学園、被告小原に対し、原告英之において二六七一万九九四三円、原告朝子において二五五一万九九四三円とそれぞれこれらに対する本件事故後であることが明かな平成三年五月一〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、理由があるからこれを認容し、原告昌幸の請求及び原告英之、朝子のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園田秀樹 裁判官左近司映子 裁判官髙橋光雄は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官園田秀樹)

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